内田百輭

研究室の同期が内田百輭御馳走帖』を読んでいるという。ちょうど実家の私の部屋にあった*1。ちゃんと読んだことはないのだが,何だかそこはかとなくかわいいんだよね。適当に開いたところから拾ってみる。

 バナナの菓子(p.142)
[...]奥の方ではどんな風に実が垂れてゐるか,汽車の窓から眺めた丈では解らないが,幅の広い葉つぱのかぶさり合つた薄暗い茂みの蔭に,化物の歯並の様なバナナが天に向かつてささくれ立つてゐる事であらうと思はれた。私のぼんやりした予想とは逆にバナナの実は上に向いてなつてゐるのである。

 茶柱(p.157)
吾輩ハ猫デアルの中に,苦沙弥先生お茶でも召し上がれ,と云ふ文句があつたと思ふ。お茶を飲んで一休みする。咽喉が乾いたから飲むとは限らない。その間なんにもしない。ただお茶を啜つてゐる。その境涯がいいのだらうと思はれる。[...]
関学校では食堂で食事をした。食堂の一隅に水平のボイ長が起つてゐる。お茶が欲しくなるとその方に向かつて合図をすればすぐにボイをよこしてくれる。[...]食卓の間を歩き廻るのであるが,二三人ゐるどれも向こう向きになつてゐる時は呼んでも解らない。それでボイ長が起つてゐる。

にじみ出る脱力的かわいさを私は味わう。読んでみようかなあ。『ノラや』もある。
ところで,上の引用部分を打つのにATOKの「文語モード」というのを使ってみた。「おもふ」で「思ふ」と変換されます。小書きの仮名を使わないように設定すれば,「むかって」で「向かつて」になる。便利だ。

*1:中公文庫旧版asin:4122006015。ちなみに新版はasin:4122026938