ごく個人的な,感動的おすすめ本(おもに人文系大学生むけ)

学部4年間と大学院2年間で,実はあまり本は読まなかったが,何冊か感動的な本に出会った。すでに感想は書いているものばかりだが,いい機会なのでまとめて紹介する。単なる私の趣味だけど,何かの参考になれば。

ヴァーチャル日本語 役割語の謎 (もっと知りたい!日本語)

ヴァーチャル日本語 役割語の謎 (もっと知りたい!日本語)

▲こんな問題設定のしかたがあるのか! と,(感動というよりは)目から鱗が落ちる本。「そうじゃ,わしが知っておる」といえば〈老人〉,「よろしくってよ」といえば〈お嬢様〉,「きみ,〜してくれたまえ」といえば〈上司〉。日本人にとってこれらの口調は話者の属性と分かちがたく結びついているが,よく考えてみるとこんなふうにしゃべる老人,お嬢様,上司には出会ったことがない! なんなのこれ。
このような言い回しを「役割語」と名づけ,ルーツをたどる。江戸〜明治〜現代という時代差,方言,性差や社会階層,ピジン,そしてメディア,文化といった多くの要素が,ときに重層的に関与している。ひとつひとつが平易に解説されており,まったくの一般書として面白く読める。すごい。

レトリック感覚 (講談社学術文庫)

レトリック感覚 (講談社学術文庫)

▲比喩には直喩と隠喩というよく知られた方法がある。我々はしばしば,隠喩の方が高級だという認識をもっている。わざわざ「のような」を使って表す直喩なんて野暮にきまっているじゃないか。
ところがそうでもないのである。「のような」があるおかげで,とんでもない創造性を生むことがあるのだ。どういうこと? ここで答え合わせは,したくない。とにかく第1章「直喩」を読まれたし。
レトリックはたんなる飾りではなく,むしろ,より正確な表現へ至る手段でもある。レトリックの不思議に読者とともに驚き,とまどいながら進む,鮮度の高い文章が魅力的だ。

同じ筆者のものに『レトリック認識』(講談社学術文庫,[asin:406159043X])。

▲『論理哲学論考』といえば最後の一文,「語りえぬものについては,沈黙せねばならない。」だけが独り歩きしている。たしかにかっこいい。でも,そこだけしか知らないのって悔しくないですか。めくってみると,中身はさっぱりわからないが,やっぱりなんだかかっこいい。それなら,中身も理解したいと思いませんか。

『『論理哲学論考』を読む』という本を読んでも,『論理哲学論考』を読んだことにはならない。当然のことである。[...]しかし私としてはそこを曲げて訴えたい。本書を読むことは,『論理哲学論考』を読むという体験でもある。つまり,私が開講する「『論理哲学論考』を読む」というゼミに参加するような体験を,本書で味わっていただきたい。 (p.13)

さりながら,本書を読むならぜひ,『論考』に先に目を通そう。おそるべき著作である。通読しなくとも構わない(私は通読した。しんどかった……)。大海に放り出されたような「分からない」体験は重要である。そして,なんだかグッときた場所があったら線を引いておくべきである。『『論考』を読む』を読んでしまうと,もう「分からない」には戻れないのだから。
実はこのあいだじゅう本書を再読していた。何度読んでもスリリング。随所でみられる批判的検討も,全体に通底するウィトゲンシュタインへの大きな共感あってのものである。

『論考』は岩波文庫で野矢訳が出ている(asin:4003368916)。