「フツーに」の意味
初出: http://d.hatena.ne.jp/trb-es/20070118#1169136884 (現在はプライベートモード)
旧ブログの記事。残しておきたいのでここに転載する。
卒論を書いていて詰まっていたときに,最近(もう過去の話か?)ちょっと話題の表現「フツーに」の意味について考えた。「これってホメことば?」で言ってるのはなんか違うよなーと思ったので。といっても結論は普通だしほかのブログなどでも似たような意見は見ましたが。それと,おれは「フツーに」の用法について必ずしも直感が働かない部分があるような気がするので,間違ってるかもね。と,気弱に前置き。
使用例
ここで問題にする「フツーに」は以下のようなものである。
(1) パパ,(このお寿司)フツーにおいしいよ。(「これってホメことば?」)
そのほかに:
(2) 概論,フツーに不可った。
(3) 外に出たら,フツーに大雨だった。
(4) 彼は漢検1級だけあって,難しい字もフツーに読める。
というような表現もある。
(この節,2007/1/23追記) 先行研究(?)
例の歌とその周辺
- これってホメことば? / ことばおじさんとアナウンサーズ - 歌詞ナビ
「フツー」は「わりと」の意味
- 気になることば - フツーにおいしい?(NHK「ことばおじさん」のページ)
「フツーにおいしい」=【意外に、予想外に、思いがけず(おいしい)、*おいしいよりはレベルは下】
個人的に,これを考えるきっかけになったもの
- 「普通においしい」 - 平野啓一郎 公式ブログ
- 上記記事へのトラックバック,およびブックマーク:はてなブックマーク - 「普通においしい」 - 平野啓一郎 公式ブログも参照
条件や留保をつける必要のある食べ物とは違って、ストレートに、一般の誰もが「おいしい」と同意するであろうような味
上記について言及したブログから
- 佐藤秀の徒然幻視録:「普通においしい」は普通に辞書に載らない
「普通」という意味さえ知っていれば、理解可能。30年前に突然言われても、30年前の人も普通に理解できる表現
- 「普通においしい」という言い回しは、「日本語の乱れ」あるいはそれを否定する議論とは無縁である - Kentaro Kuribayashi's blog
- 「普通においしい」が使われうる状況などについて。
いまや既に「普通」の意見などというものは、なんらかの前提を否定する形でしかあり得ない
- http://www.occn.zaq.ne.jp/nohohon/blog/archives/12-01-2006_12-31-2006.html#2200
「普通に」は中程度の程度を表す、ということではない
……私も同意見である。(後述)
- 便利な言葉と便利な辞書: 国民宿舎はらぺこ 大浴場
それが「どう」おいしいのかを具体的に説明することを巧妙に避けている感じ
……私もそう思う。(後述)
その他
- http://dic.yahoo.co.jp/newword?category=6&pagenum=1&ref=1&index=2006000726
「最上級ではないけれど、なかなか美味しい」くらいの意味で、褒めことばとして使われているようだ
「フツーに」の意味
結論から言うと,「フツーに」は次のような意味と考えられる。
「フツーにP」の意味: 表現「P」の字義通りの意味においてPである。
「フツーに」の2タイプ
「フツーに」は大体以下(i)(ii)の2つのタイプがある。
(i) 述語が形容詞またはそれに準ずるもの(評価など)の場合述語が評価の意味をもつ場合
(2007/1/23追記) 上記分類名見直し。
(1)が該当する。それ以外の例を示せば:
(5) (名作と言われた昔の漫画を読んで)やべー,フツーに面白い。
(6) わあ,フツーにおなかいっぱいだ。
「フツーにおいしい」とは,言い換えるとすれば「率直に『おいしい』と言える」とでもなろうか。「どうおいしいのか」について特に何も語らず,ことばの額面通りそのままの「おいしい」である,といった意味だと思われる。そのように率直に言えるということは,相当程度においしいということであり,結果的にプラスのニュアンスが出るはずである。実際(1)はプラスのニュアンスで言っているものと思われる。逆のニュアンスが感じられるといわれることがあるが,それは「普通」ということばの持つ「平凡,ありきたり」といった意味にひきずられた結果ではないだろうか。「フツーにおいしい」の「フツー」は,「おいしさの程度」について言っているのではないのであって,「非常に」とも「わりと」*1とも「普通程度に」とも言い換えられない。
なぜわざわざ「フツーに」と言うかといえば,率直にそのように言えるということを「埋もれさせずに」語りたいということであろう。また「フツーにおいしい」がしばしばかなり大きなプラスのニュアンスがあるのも,その「わざわざ言う」という性格が影響していると考えられる。
(ii) (i)でない場合
(2)〜(4)が該当する。たとえば(2)について,付随する状況にいくつかのパターンが考えられる。
(2')
a. 概論は,試験欠席したから,フツーに不可った。
b. 概論は,試験があまりできなくて,もともと期待薄だったがやっぱり,フツーに不可った。
c. 概論は,試験ちゃんと書けたと思ったのに,フツーに不可った。*2
これらに共通するのは,「不可るということが状況からして必然的である(ように見える)」ということである。(2'a)では,その必然的帰結がまさに現実のものとなった,というほどの意味であり,(2'b)は,(2'a)とほとんど同じではあるが,「不可らない可能性」を考えたがそれは否定されるべくして否定された,ということである。(2'c)は,単位がくるだろうという期待に反して,「まるで不可るのが当然であるかのように」不可っていて意外だ,といった意味である。
(3)についても同様にいくつかの状況が考えられる。
(4)は「彼は漢検1級だけあって」という句からして状況は(2'a)のようなものである。
必然性といっても,ここでいう必然性とは何か特別な性質ではなく,事態一般に見られるような程度の当たり前の必然性である。たとえば,何の前触れもなく突然銀杏の葉が黄色くなったりはしない。寒くなるにつれてしかるべき紅葉の過程が進行した結果黄色くなるのである。世界のすべてのものごとはある種の必然性を帯びて発生する。「フツーに」とはその当たり前の必然性に当たり前に従ったということを表す,と考えられないだろうか。事態が「フツーに」起こるということは,「単に当たり前にその事態が起こる」ことであるにすぎない。しかし,(2007/1/23追記)「それがまさに予想通りである」とか,「それが逆に意外である」というような状況においては,わざわざそのように言うことが意味を持つのである。
まとめ
「フツーに」は何に言い換えることができるのか,ということがよく言われるが,なかなか適当なものがない。しいて言えば,「フツーにP」は,Pに何の修飾語句も付かない単なる「P」と同じであるだ,ということを言いたいのである。「フツーに」は「何の修飾語句も付かない」ということを積極的に表現する形式であり,つまり「φ」と言い換えられる。
(2007/1/23追記) コメント欄の指摘を受けて少し修正。
*1:これが「これってホメことば?」の解釈
*2:時期的に縁起の悪い用例で恐縮である